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お話の感想や解釈

ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ


ローゼンクランツとギルデンスターン と聞いたら、あれ?聞いたことあるな?って思う方もいると思います。そうですー、彼らはシェイクスピアの『ハムレット』で出てくる脇役達なんですね。

 

今回見たのはNational Theatre Liveの『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』(英題: Rosencrantz & Guildenstern are Dead)です。しかもNational Theatre Liveを見るのは今回初で、記念すべき日でした、昨日は。

 

 

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National Theatre Liveとは、国立のイギリスの劇場が素晴らしいと評価される演劇を映像に収めて世界中の映画館で上映している企画です。つまり、イギリスの質の高い演劇を現地に行かずに観ることができるという素晴らしい企画な訳です。年に数本しか上映はされませんが、それ故に質の高い演劇を観ることができるとても貴重な機会です。

 

今回の『ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ』はギルデンスターン役として、ハリーポッターダニエル・ラドクリフくんが出演していらっしゃいました。

本作はがっつりコメディ物でして、文字通り最初から最後まで笑いの絶えない演劇でした。軽妙なテンポの掛け合いは聞いていて愉快ですし、日本の所謂 ボケとツッコミの役割分担も面白く、よく作り込まれた長いコントを見ている気分にさせられました。ラドクリフくんのコメディの演技を見ることができたというのはとても面白かったですね。しかもすっとぼけ〜でふらふわした感じの役で愛らしかったです。

特に印象的だった面白いシーンは、ハムレットの 'to be or not to be, that is the question.'(あってるか?)のような独白のセリフを彼らは 'he's talking to himself'「独り言いってるよ」とかたずけてしまったり、

突然 'Fire!!!!' 「火事だ!!」と叫びだし、なんだ?!と思ったら、「言論の自由を行使しただけだよ」とすっとぼけたり、テンポがよく、笑いもウィットに富んでいて興味深かったです。


しかし土台はあのシェイクスピアの名作悲劇、あの救いのない演劇『ハムレット』でして、ローゼンクランツとギルデンスターンはハムレットに殺される役なのです。勿論、本作は『ハムレット』の内容を知らなくとも楽しめる演劇ですし、彼らが最終的に死ぬ運命にあるというのは途中観客にも知らされます。つまり、観客は彼らがやがて死ぬという結末を知っていながら事の行方を見守るのです。彼らが何をしても死ぬ運命にありながら、必死の行動を見守るのは観客が彼らに滑稽味を抱く1つの理由であると思います。また同時に彼らの行動には最終的に死に向かっているという意識によってどこか哀愁が漂うシーンもあり、それが劇を締まらせていると感じました。

 

最初のシーンは彼らがコインで裏表 どっちが出るかで賭け事をしているシーンから始まります。彼らのコインは何度やっても表を向きます。このシーンにより、何か大きな力によって彼らはなすすべもなく操られている、とわかります。(運命?)

また彼らは人間はみんな生きて死んでいくだけのもので、誰だって人は死ぬんだという思想を持ち出し始めます。

つまり人間の運命は死ぬことであって、それに逆らうことはできないと暗に述べられているのです。

つまるところ、彼らが王と王妃に従うことによって死に向かうことはあらかじめ決められた運命であり、それは何があっても曲げることはできないのです。

 

しかし、彼らが死に向かっているのは運命という大きな力によってのみだったのでしょうか。彼らは劇中、ハムレットの様子を探るのはなぜなのか、王宮で一体何が起こっているのか、そして自分たちは何をすればいいのか、最初から最後まで悩み続けます。つまり最初から最後まで自分の意志で動けないままなのです。この部分から彼らは自分の意志決定の弱さをうかがえます。またローゼンクランツとギルデンスターンはたびたび名前を間違えられ、彼らもまた自分で間違えたりどっちがどっちでもよいという態度に出ます。ここから読み取れるのは、アイデンティティの欠落である、と考えられます。彼らは自分の行動の意思決定ができなかったり、自分の名前を覚えてもらえない、または自分という一人の人間としてはっきり認識されないことから、アイデンティティの弱さを表しているのではないかと思いました。

何が言いたいのかといいますと、彼らは運命の大きな力だけで死に向かっていたわけではないということです。彼らのアイデンティティの欠落によって自分から死を招いたとも言えます。それは劇中、一度だけ表を向いたコインからも推測できます。コインが裏返ったように、彼らの死に向かう運命もまた何らかの方法で免れたかもしれないのではないでしょうか。